
この記事では、競艇会のトップレーサーの一人である濱野谷憲吾(はまのや・けんご)選手について取り上げます。

この記事では、「競艇界のファンタジスタ」とも言われ、50歳を迎えても衰えを見せない「東都のエース」濱野谷選手について、じっくり紹介していきます!
濱野谷憲吾選手について

濱野谷選手は1973年生まれ。
すでに50歳を超えていますが、過去5回もSGを優勝しているトップレーサーです!
- 1998年の第45回全日本選手権競走(ボートレースダービー)
- 2000年の第3回競艇王チャレンジカップ競走
- 2001年の第16回賞金王競走シリーズ戦
- 2007年の第42回総理大臣杯(ボートレースクラシック)
- 2021年の第26回オーシャンカップ競走
出身は東京都世田谷区で、登録期は70期(登録番号は3590)、所属は東京支部です。
世田谷区立新星中学校を卒業後、駒沢大高校を中退して、ボートレースの世界に飛び込みました。
本栖研修所(当時)時代は、訓練期間中でのリーグ戦や修了記念競走などでの上位記録は無く、目立った存在ではなかったようです。
しかし、修了後の1992年5月に地元・平和島競艇場でデビューして、2走目で早くも初勝利。才能の片鱗を見せつけます。
翌1993年9月、戸田競艇場の一般戦で初優勝を飾り、1996年にはSG第43回全日本選手権競争(ボートレースダービー)に初出場しましたが・・・
1996年の第43回全日本選手権競争(ボートレースダービー)
この開催では、濱野谷選手が初出場ながら3勝を挙げるマークする活躍を見せたものの、5日目4レースと7レースで連続で転覆!
SGで、同じ選手が1日2回も転覆失格するという、前代未聞の珍事に・・・
皮肉にも、この出来事がきっかけになり、「濱野谷憲吾」の名前が全国に知られる事になりました!

濱野谷選手はスタート事故が多く、選抜戦・準優勝戦・優勝戦など、ここぞという時に事故を起こしてしまうため、ファンから「ヘマキング」というニックネームが付けられたことも・・・
「東都のエース」
1997年、桐生競艇場の周年記念・第41回赤城雷神杯で、G1初優勝を果たした濱野谷選手。
このあたりからの活躍は目覚ましく、1998年には第45回全日本選手権競走でSG初制覇。
獲得賞金ランキングでは常に上位を争い、1998年~2006年にわたり、9年連続で獲得賞金1億円以上を達成。
上で書いた通り、2000年・2001年・2007年にもSGを優勝し、名実ともに「東都のエース」として君臨しました。
2010年代になると、さすがに2000年代よりはペースが落ちましたが、第一線でコンスタントに活躍を続けました。
最近の成績
濱野谷選手は、2021年のオーシャンカップ@芦屋競艇場で通算5回目のSG優勝を成し遂げましたが、これは実に14年4カ月ぶりのSG優勝で、歴代3番目に長いブランクの末の栄冠獲得でした。
おまけに、優勝戦当日の7月25日は、自身がモデルと言われる競艇漫画「モンキーターン」の主人公・波多野憲二の誕生日。
さらに、優勝賞金等のプレゼンター役の芦屋町長の名前が波多野さんという偶然もあり、非常に話題になりました。
2021年3月には史上32人目の24場制覇、2022年11月には2000勝、2023年9月には通算優勝100回を、それぞれ達成しています。
その後、2023年には周年記念(G1)を2回優勝、2024年には2月の関東地区選手権(G1)を優勝するなど、「東都のエース」健在ぶりをアピールしています!
濱野谷選手のレーススタイル

濱野谷選手のホームはボートレース平和島ですが、海水につき、陸上・ボート上からは見えづらい水の流れがあり、一流選手でもスタート時のタイミングにズレが生じやすいと言われています。
また、第1ターンマーク付近が狭く、イン逃げが難しいことが特徴です。
波も潮もない競艇場で走ってきた選手と、平和島のような難水面で走ってきた濱野谷選手とを比べると、記録や数字に表れない技量面で、鍛えられ方が違うのかもしれません。
濱野谷選手のレーススタイルは自在型と評価されていますが、鋭いターンスピードを活かした豪快な「まくり」が彼の真骨頂でしょう。
モーター性能や展開次第で、そのレースで誰が一番強いのか分かりにくいのが競艇というスポーツ。
一般的には、①ターン力、②スタート力、③モーター整備力が、勝利への三大要素と言われています(三拍子そろえば、文句なしでSGレベルの選手ということになります)。
①ターン力については、上で書いた通り、ターンスピードを活かした豪快なまくりと、その勝率が物語っています。三連対率でも6コース以外は50%を越えており、どのコースでスタートしても高確率で3位以内に入る選手です。
②スタート力については、最近の平均スタートタイミング(ST)が0.13~0.14と、A1クラスの平均値0.15~0.16を上回り、超一級のスタート上手と言えるようです。
③モーター整備力については、良いモーターを引き当てられれば言うことはありませんが、やや調子の悪いモーターでも、濱野谷選手ほどのベテランであれば、その整備力で勝敗に影響のないレベルまで持ってくることは可能です。

そんな濱野谷選手の師匠は、同じ東京支部、66期の乙津康志(おつ・やすし)選手。
乙津選手は、「O2ブランド」というペラグループ(プロペラの情報交換などを一緒に行う)のリーダーを務めており、若手育成に力を入れていた面倒見の良い師匠でした。
濱野谷選手は、今のところ弟子は取っていないと言われていますが、懇意にしているグループの若手メンバーはいるようです。
濱野谷選手のプライベート

出典:モンキーターン
人気の競艇漫画「モンキーターン」の主人公・波多野憲二のモデルと言われるイケメンで、女性人気も高い濱野谷選手。
すでに結婚されており、現在は娘さんと息子さんお1人ずつの4人家族だそうです。
ネットの情報ではありますが、中目黒に「Di modA」と言うイタリアンをオープンし、奥様が運営されているようです。「もう一度行ってみたい」との口コミもあり、人気のお店のようですね!
趣味は、ゴルフ・釣り・スキューバダイビングなどアウトドア系のほか、自宅でのDJ・韓国ドラマ・料理など、インドア系まで幅広いようです。

東京支部の超実力派ベテランレーサーとして、依然として大きな存在感を示している濱野谷選手。今後の活躍から目が離せませんね!

