この記事では、競艇界の姉弟レーサー、土屋千明(つちや・ちあき)選手、土屋智則(つちや・とものり)選手について取り上げます。

姉弟でボートレーサーの2人ですが、特に弟・土屋智則選手は、SGを2回制覇するなど、トップレーサーとしての地位を着々と固めつつある大注目の選手です!
2人のプロフィール
土屋千明・土屋智則の両選手は、群馬県出身であり、二人とも群馬支部に所属しています。
姉は1982年6月生まれ、弟は1985年2月生まれなので、学年は2つ差。
競艇界においては、姉が92期(登録番号4225)、弟が97期(登録番号4362)と、5期離れています。
姉・土屋千明選手
姉・土屋千明選手は、2003年5月に桐生で初出走(群馬支部の選手は桐生でデビューします)。
デビュー半年後には初勝利を挙げ、2010年には女子王座でG1初勝利。
初優勝は2018年の「第38回群馬テレビ杯・G3オールレディース」でしたが、いきなりG3での優勝となりました。
その後、2019年と2021年に、一般戦を1回ずつ優勝しています。
まだ優勝回数は3回ですが、2025年前期は勝率6.94でA1級であり、バリバリの女子レーサーとして活躍しています!
なお、2025年の関東地区選手権の準優戦では、弟が1号艇・姉が2号艇で、姉弟対決が実現。

千明選手は「(姉弟で)ワンツーを決めます!」と意気込んでいましたが、残念ながら結果は3着。
姉弟での優勝戦対決は、今後に持ち越しとなりました(この開催は、弟・智則選手が優勝)。
弟・土屋智則選手
智則選手は、競艇学校の卒業記念競走では、チャンプまであと少しの優出3位でした(リーグ戦勝率7.11)。
2005年、桐生の一般戦でデビューしますが、いきなり1着で水神祭。
姉・千明選手の半年で初1着というのも一般的には早いですが、弟・智則選手はデビュー戦から恐ろしい才能を見せつけました。
なお、師匠である群馬支部の先輩・橋本久和選手は、「特別ああしろこうしろと言ったことはなく、自由にやらせた。子弟関係というより、友達みたいなもの」とコメントしています。
初優勝は、少し間が空いての2009年1月の常滑の一般戦。
智則選手は師匠に恵まれ、じっくり練習や実戦を積み重ねて、実力を培っていったものと思われます。
2025年3月現在、SGを2回、G1を3回、G3を4回優勝という好成績を挙げ、トップレーサーの仲間入りをしている土屋智則選手ですが、いくつかのターニングポイントがあったようです。
持ちペラ制の廃止が追い風!?
智則選手が大きくパフォーマンスを伸ばしたのは、2012年の持ちペラ制の廃止がきっかけだったという話があります。
2012年より前の「持ちペラ制」時代は、選手自身がプロペラを購入し、自分の乗り方に合わせて調整のうえ、競艇場に持ち込むスタイルでした。
選手たちは自宅でもひたすらペラ調整を行い、ペラにこだわりすぎて、本来磨くべき乗艇技術の向上に使う時間も相対的に少なかったとも言われています。
実際、ペラの良し悪しは成績に大きく影響したので、選手達はそうせざるを得ませんでした。
そして、智則選手は、乗艇技術は高いものの、ペラ調整があまり得意ではありませんでした。
しかし、持ちペラ制の廃止で、選手全員が競艇場に備え付けのペラを使用することになったため、ペラ調整の巧拙が成績に及ぼす影響が小さくなったのです。
これが智則選手にとって追い風でした。
2012年以降、G1の優出回数が増加し、2013年にはSG初優出。そして、2017年の江戸川の周年記念でG1初優勝。どんどんレーサーとしての階段を上っていきます。
2023年からの飛躍
その後、通算1,000勝も達成しましたが、SG優勝にはなかなか手が届きませんでした。
これは、ペラ調整のハンデは減ったものの、やはり整備力が他のSGレーサーに後一歩及ばなかったためと思われます。

整備力は、よほどの天才型レーサーでもない限り、長年の地道な経験がものを言います。
そんな中、2023年のSG・ボートレースクラシック(平和島)で、智則選手は上位モーターを引き当てました。
良いモーターを引けば、整備力のハンデは軽くなり、スタート力・乗艇技術の勝負となります。
初日2走を1着で飾り、そのまま予選をトップ通過、優勝戦は最インの1号艇。
大きなプレッシャーがかかる場面でしたが、優勝戦はトップスタートを決めてイン逃げ。ついにSG初制覇となりました。
SGレベルの選手達は開催中にモーターを立て直してきますので、いくら上位モーターをひいても予選後半になるとアドバンテージは減りますが、智則選手は高い乗艇技術でそれを跳ね除けました。
また最近では、高いレベルの戦いのなかで積み重ねてきた智則選手の整備力が、ついにSG常連クラスのレーサーに追いついてきたようにもみえます。
それを証明するかのように、翌2024年にはグランドチャンピオン(尼崎)を制して、SG2勝目。
2025年に入ると、2月の関東地区選手権(G1)で快勝し、いよいよ競艇界の主役に躍り出てきた印象です。
「派手さはないが、堅実な走りが持ち味」などというコメントが付くことが多い智則選手。
プライベートの情報が少なく人柄が伝わりにくいこともあり、これまでやや地味目な印象があった智則選手。
年齢的にも脂の乗る時期であり、これから旬を迎える注目選手と言って良いでしょう。
土屋家は公営競技一家!?
土屋姉弟の出身地である群馬には伊勢崎オートレース場がありますが、実は姉弟の父親は、伊勢崎に所属していたオートレース選手・土屋栄三選手でした(既に他界)。
そのため、弟の智則選手は、元々はオートレーサーを目指していました。しかし、残念ながら合格に至らず、競艇選手になった姉の影響もあり、競艇界入りしたという経緯があります。
ちなみに、オートレースはバイクを自己所有し、整備も自分でやります。
上で述べたように智則選手は整備力が課題だった時期があるため、オートレーサーになっていたら大変だったかもしれません。
また、オートレースは人間関係が非常に濃く、頭角を表すのが簡単ではありません。さらに、開催場が少なく、選手層も厚くないため、高額賞金レースが競艇ほど多くありません。
※元SMAPの森且行選手が出てこられたのは、師匠が広瀬登喜夫というオートレース界のドンであることの影響も少なくありません(もちろん、本人の実力があってのことではありますが)。
これらを考えると、今や競艇界のトップレーサーとなり、獲得賞金も多額となった智則選手。
結果的に、競艇を選んで大成功だったのではないでしょうか。
土屋千明選手の結婚相手もオートレーサー!
ちなみに、姉・千明選手のご主人は、伊勢崎オート所属のオートレース選手・森村亮選手です。
公営競技の選手の子弟が、公営競技の選手になるケースは少なくありませんが、土屋家のように競艇とオートレースという2競技にまたがった家系というのは非常に珍しいと言えるでしょう!

まさに、公営競技の選手ばかりが揃った家庭と言えますね。