
競艇選手は、日本モーターボート選手会という団体に所属しています。
よく「〇〇選手は〇〇支部所属」などと言いますが、これらの元締めが選手会になります。
2026年6月30日、日本モーターボート選手会は、江口晃生選手を選手会代表に選出しました(それまでは瓜生正義選手)。

この記事では、日本モーターボート選手会の概要、歴代の選手代表のほか、支部についても併せて解説していきます!
日本モーターボート選手会について
公益社団法人日本モーターボート選手会は、1600名あまりのボートレーサーが会員として所属する組織であり、東京の六本木に本部があります。
競艇は、1951年にモーターボート競走法が交付され、翌年に初レースが開催。その後、競艇場の増加とともに選手数が増えていきました。
選手は個人事業主ですが、組合的な横のつながりが必要では?となり、選手会が誕生。
1953年、「全国モーターボート選手会連合会」(笹川良一が名誉会長)が結成されましたが、選手の多忙から1956年に解散。
その後、選手の要望を受け、1957年に改めて「全日本モーターボート選手会連合会」が発足。
それ以来、選手処遇の交渉や、共済制度の設置などを担ってきました。
2013年には「公益社団法人日本モーターボート選手会」として認定を受け、様々な社会貢献活動を行っています!
- ハンセン病制圧事業への活動
- 各支部での社会貢献活動
- 被災地に対する復興支援活動
- パラスポーツ団体に対する支援活動
- 海事思想の普及宣伝および地域の振興に関する活動
選手会の役員について
そんな日本モーターボート選手会ですが、運営体制は下の通りです(こちらのページより)。

江口晃生選手代表以下、運営メンバーの大半が選手であることが分かりますね!
この選手会に加えて、〇〇支部などと言われる「選手会の支部」が全国18か所あり、所属選手の交流や管理全般を担っています。
支部にも、支部長・副支部長・理事などが設置されています。

34歳で支部長に就任、「最強の支部長」などと呼ばれる滋賀支部・馬場貴也選手などが有名ですね!
選手会の役員や支部長などに就任するのに特に資格などはありませんが、一般的には、ベテラン選手で、選手事情に詳しい人が選ばれる傾向にあるようです。
歴代の選手会長
ここで、日本モーターボート選手会の、歴代の選手会長をみてみましょう。
- 黒明良光:2001年~2005年
- 野中和夫:2005年~2009年
- 福永達夫:2009年~2011年
- 上瀧和則:2012年~2022年
- 瓜生正義:2022年~2026年
- 江口晃生:(現任)
選手会の役員や支部長などに現役選手が就任すると、選手活動と並行して、様々な管理業務に時間を取られることになります。
そのため、かつて選手会長は名誉職的な位置づけで、黒明良光氏・野中和夫氏・福永達夫氏らは、事実上の現役引退と同時の就任でした(別途、年間2,000万円くらいの報酬があったようです)。
この流れを変えたのが、瓜生選手会長の前任の、上瀧和則氏。
上瀧氏は、現役バリバリでしたが、選手会の副会長就任のため2011年3月で現役を退き、2012年6月に会長に就任しました。
その後、2節ほどレースに復帰したことがありますが、長らく「他のプロスポーツのように、競艇業界も選手会長は現役選手がやるべきだ」という考えを持っていたようです。
そしてついに、2020年の役員改選で、非常勤の会長=現役復帰を宣言した上で、会長に立候補。対立候補がおらず会長続投となり、史上初の「走る選手会長」が誕生しました。
上瀧氏が現役復帰に踏み切ったのは、現役選手がレースから離れることなく選手会長に就任できる前例を作るためだったと言われています(上瀧氏は2024年8月に引退)。
江口晃生代表は「走らない選手代表」に
その後、2022年から代表となった瓜生正義選手選手(現任)も、「走る選手代表」として上瀧氏の路線を引き継ぎましたが・・・

江口選手は1965年生まれの61歳、通算2,700勝を上げている大ベテランです(毒島誠選手の師匠としても有名)。常勤で代表職務に専念ということは、事実上の引退になります。
江口選手といえば、「ボートレーサーではなく競艇選手」というスタイルが持論で、かつて以下のようなコメントをしていたことがありました。
現在は「ボートレース」という名称が定着していますが、2010年までは「競艇」と呼ばれていました。
単なる名称変更と思われがちですが、実は選手同士の人間関係も、この頃を境に大きく変化しています。
現在は支部や世代を超えて交流する選手が増え、お互いにアドバイスを送り合う光景も珍しくありません。
しかし「競艇」の時代は全く違いました。当時の選手にとっては「自分以外は全員ライバル」。
「水の上の敵は陸の上でも敵」という空気が当たり前で、笑顔で談笑したり、一緒に酒を飲んだりすることもほとんどありませんでした。
上下関係も現在とは比べものにならないほど厳しく、同世代同士でも強いライバル意識を持っていたのです。
新代表の江口選手は、元々が強気な性格で、さらに全盛期が「競艇」の時代だったため、今の和やかな「ボートレース」の時代には、色々と思うところがあるのでしょう。
江口代表になり、ボートレース界にどのような影響が起きるのか、その辺りも注目して見ていきたいと思います。

なお、瓜生選手は、多忙な選手代表の立場を降りることで、再びレースに集中できると思います。その実力は折り紙付きで、まだ50歳を迎えたばかり。24場制覇という大目標もあり、更なる活躍が期待されます!
