競艇選手は、日本モーターボート選手会という団体に所属しています。
よく「〇〇選手は〇〇支部所属」などと言いますが、これらの元締めが選手会になります。
選手会の選手会長は、2024年現在、瓜生正義選手が務めています!
この記事では、日本モーターボート選手会の概要、歴代の選手会長のほか、支部についても併せて解説していきます!
日本モーターボート選手会について
公益社団法人日本モーターボート選手会は、1600名あまりのボートレーサーが会員として所属する組織であり、東京の六本木に本部があります。
競艇は、1951年にモーターボート競走法が交付され、翌年に初レースが開催。その後、競艇場の増加とともに選手数が増えていきました。
選手は個人事業主ですが、組合的な横のつながりが必要では?となり、選手会が誕生。
1953年、「全国モーターボート選手会連合会」(笹川良一が名誉会長)が結成されましたが、選手の多忙から1956年に解散。
その後、選手の要望を受け、1957年に改めて「全日本モーターボート選手会連合会」が発足。
それ以来、選手処遇の交渉や、共済制度の設置などを担ってきました。
2013年には「公益社団法人日本モーターボート選手会」として認定を受け、様々な社会貢献活動を行っています!
- ハンセン病制圧事業への活動
- 各支部での社会貢献活動
- 被災地に対する復興支援活動
- パラスポーツ団体に対する支援活動
- 海事思想の普及宣伝および地域の振興に関する活動
選手会の役員について
そんな日本モーターボート選手会ですが、運営体制は下の通りです(こちらのページより)。
瓜生正義選手会長以下、運営メンバーの大半が選手であることが分かりますね!
この選手会に加えて、〇〇支部などと言われる「選手会の支部」が全国18か所あり、所属選手の交流や管理全般を担っています。
支部にも、支部長・副支部長・理事などが設置されています。
34歳で支部長に就任、「最強の支部長」などと呼ばれる滋賀支部・馬場貴也選手などが有名ですね!
選手会の役員や支部長などに就任するのに特に資格などはありませんが、一般的には、ベテラン選手で、選手事情に詳しい人が選ばれる傾向にあるようです。
歴代の選手会長
ここで、日本モーターボート選手会の、歴代の選手会長をみてみましょう。
- 黒明良光:2001年~2005年
- 野中和夫:2005年~2009年
- 福永達夫:2009年~2011年
- 上瀧和則:2012年~2022年
- 瓜生正義:2022年~(現任)
選手会の役員や支部長などに現役選手が就任すると、選手活動と並行して、様々な管理業務に時間を取られることになります。
そのため、かつて選手会長は名誉職的な位置づけで、黒明良光氏・野中和夫氏・福永達夫氏らは、事実上の現役引退と同時の就任でした(別途、年間2,000万円くらいの報酬があったようです)。
この流れを変えたのが、瓜生選手会長の前任の、上瀧和則氏。
上瀧氏は、現役バリバリでしたが、選手会の副会長就任のため2011年3月で現役を退き、2012年6月に会長に就任しました。
その後、2節ほどレースに復帰したことがありますが、長らく「他のプロスポーツのように、競艇業界も選手会長は現役選手がやるべきだ」という考えを持っていたようです。
そしてついに、2020年の役員改選で、非常勤の会長=現役復帰を宣言した上で、会長に立候補。対立候補がおらず会長続投となり、史上初の「走る選手会長」が誕生しました!
上瀧氏が現役復帰に踏み切ったのは、現役選手がレースから離れることなく選手会長に就任できる前例を作るためだったと言われています。
上瀧氏は残念ながら2024年8月に引退。2022年からバトンを受け継いでいる瓜生選手会長(現任)も、上瀧氏の路線を引き継いでいます。