
ボートレースを見ていると、開催中に選手が「私傷病」「公傷」「家事都合」などを理由に帰郷するケースを目にすることがあります。
ただ、こうした表記を見て「仮病なのでは?」「サボりでは?」と感じる方もいるかもしれません。
しかし実際には、選手の不参加や帰郷には様々な事情があり、開催側にもそれを認めざるを得ない理由があります。
ちなみに、正式には、あっせんされた開催に最初から出場しないことを「不参加」、出場後に途中で取りやめることを「帰郷」と呼びます。

では、なぜ不参加や帰郷は起こるのでしょうか。そして主催者側は、これをどのように考えているのでしょうか。今回は、その背景も含めて解説していきます!
不参加・帰郷でよく使われる理由
選手が「出場したくない」「途中で帰りたい」と申し出る場合、何らかの理由が必要になります。
よく使われる理由は以下の通りです。
私傷病
最も多いのが私傷病です。これは選手本人による自己申告で、
- 風邪気味
- 体調不良
- 古傷の痛み
- 腰痛
などが代表例とされています。
不参加・帰郷理由として最も一般的ですが、医師の診断書提出などは必要ありません。
そのため「本当に具合が悪いのか?」という声が出ることもありますが、制度上は本人の申告が重視されています。
公傷
公傷は、レース中や練習中の事故によって負傷し、主催者側がレース続行不能と判断した場合です。
救急搬送されれば、そのまま帰郷となるケースもありますし、宿舎内で高熱などの症状が出た場合も帰郷となります。
こちらは明確な負傷や体調悪化に基づくもので、私傷病とは性質が異なります。
家事都合
家事都合は、家族や身内に関する事情です。
例えば、
- 身内の不幸
- 家族の事故
- 急病
などが該当すると言われています。
ただし家事都合は、あくまで個人的事情であり、内容は公表されません。
また、選手は前検日以降、外部との連絡が厳しく制限されます。
家族側が開催場へ連絡することで初めて伝達されるため、開催中に帰郷となった場合は相応の事情が起きた可能性が高いと考えるべきでしょう。
一方、家事都合による不参加の場合には、必ずしも深刻な事情ばかりではありません。
実際、年末開催の「クイーンズクライマックス・シリーズ戦」で家事都合による不参加が多発したことが話題になりました。
女子選手には既婚者も多く、「年末は家庭が忙しい」という事情が背景にあるとも言われています。
もちろん、A級選手ともなれば月3回程度のあっせんがあり、家より競艇場にいる時間の方が長くなることも珍しくありません。
「年末年始くらい家族と過ごしたい」と考える選手がいても不思議ではないでしょう。
しかし、この不参加増加が問題視された結果、近年は出走回数規定が見直されるなど、制度面にも影響が出ています。
自己都合
もうひとつよく見かけるのが自己都合です。
文字通り「本人の都合」によるものですが、その内容は実はかなり複雑です。
不参加・帰郷の双方で使われますが、これについては後ほど詳しく見ていきます。
開催場側はなぜ認めるのか?

選手側から不参加・帰郷が申し出られた場合、開催場側としては基本的に受け入れるしかありません。
理由は、選手と開催場の関係が「あっせん契約」という契約関係だからです。
その契約には様々な規定がありますが、その中には「選手側からの不参加・帰郷申し出を場側は拒否できない」という趣旨のルールがあるとされています。
考えてみれば当然のことで、契約である以上、解除条件を設けておくことは場側・選手側の双方にとって必要です。
もし開催中に何らかのトラブルが発生し、選手のモチベーションを著しく損なう事態になった場合を考えてみましょう。
選手は開催中、外部との連絡が制限されています。そのため事情を外へ説明できません。
ところが、そのままレースに出場させれば、観客から見れば「やる気がない」「手を抜いている」と映る可能性があります。

これは最悪の場合、八百長疑惑に発展しかねません。
実は、主催者側が最も恐れているのはこうした事態なんです!
公営競技全般に共通しますが、開催側が最大のリスクと考えるのは「騒擾惹起(そうじょうじゃっき)」――つまり観客が騒動を起こしてしまうことです。
競輪では過去に、レース結果への不満から暴動騒ぎが起きた例もあります。
つまり開催場側から見れば、不参加・帰郷は「契約上認めざるを得ない」、そして「認めた方が安全」という側面を持っています。
そのため、ある意味では選手都合とも言える自己都合であっても、制度上は受け入れられるのです。
選手が帰郷する“本当の理由”
ここまでは、不参加や帰郷に使われる「表向きの理由」を見てきました。
しかし実際には、選手が「出場したくない」「途中で帰りたい」と考える背景には、より現実的な事情が存在します。
もちろん本来は公に語られにくい話ですが、一部選手は率直に理由を明かしていますし、開催側や競走会も事実上黙認しているケースがあります。
では、選手たちはどんな理由で「自己都合」を選ぶのでしょうか。
その競艇場で走りたくない
まず挙げられるのが、「その競艇場が苦手」という理由です。
ボートレース場には、それぞれ独特の水面特性があります。
例えば、日本一の難水面とも言われる江戸川競艇場は、選手アンケートでも「行きたくない場」として名前が挙がることが多いことで知られています。
また、
- びわこ:標高が高くモーター回転が上がりにくい
- 平和島:1マークからバック側が一直線ではない変形水面
- 戸田:水面が狭い
- 桐生:天候変化が激しい
など、それぞれに嫌われる理由があります。
こうした苦手水面へあっせんされた場合、不参加を選ぶケースも珍しくありません。
また、競艇場との過去のトラブルが原因で「あそこには行きたくない」というケースもあります。
有名なのが、山室展弘選手と児島競艇場の確執です。両者の「あっせん拒否」が長年続きましたが、近年ようやく和解が報じられました。
さらに、事故で大ケガをした競艇場へのあっせんも事情は深刻です。
人間である以上、「あの場所には行きたくない」と感じるのは無理もないでしょう。
成績が上がらないから、もう帰りたい
次に現実的なのが、モーター事情です。
競艇はモーター抽選の影響が大きく、低勝率モーターを引けば、それだけで厳しい戦いになります。整備巧者であっても、「これはもう無理だ」と感じるケースはあるでしょう。
そうなると、
- 走っても5着か6着
- 良くて4着
という展開になり、走るほど勝率を落とす結果にもなります。
A1・A2級選手の場合、月3回程度のあっせんがあり、自宅より競艇場にいる時間の方が長くなりがちです。近年は開催日数も長くなる傾向にあり、なおさらです。
そんな状況で「勝ち目のないモーター」を引けば、「少し家で休みたい」と思うのも自然でしょう。
一方で、B1・B2級選手には事情が異なります。あっせん回数自体が少ないため、たとえ勝てなくても走らなければ収入になりません。
完走手当もありますから、勝負にならなくても出走機会を大事にする必要があります。そのため「自己都合で帰郷」を簡単に選ぶわけにはいけないでしょう。
級別維持のための帰郷
実は自己都合帰郷で最も知られているのが、級別維持のための出走調整です。
競艇選手にとって、級別は収入そのものと言っても過言ではありません。毎年4月30日と10月31日が審査期間最終日となり、この時期が近づくとA1・A2級選手はボーダーラインを強く意識します。
例えば、A1級維持がほぼ確実な勝率を持ち、必要出走回数も満たしている選手がいたとしましょう。もしここから5着・6着を重ねれば、勝率が下がりA2陥落もあり得ます。
そうなると、「これ以上走らない方が得」という判断が生まれるのです。
もちろん準優進出や優勝が狙える状況なら話は別ですが、既に厳しい開催なら「帰郷して現状維持」が合理的選択になることもあります。
「魔の8項」と事故率調整
もう一つ、選手が恐れるのが事故率です。通称「魔の8項」と呼ばれる規定では、事故率0.70超で翌期B2級降格が決まります。
例えば事故率0.60の選手がいたとして、残り期間中にフライングや妨害失格を取れば、一気にB2級転落となります。
近年は待機行動違反や不良航法でも事故点が加算されるため、危険は常にあります。
事故は誰も起こしたくて起こすものではありません。そのため、「今は走らない方がいい」という判断も生まれるわけです。
こういった「勝率維持」「事故点による出走調整」は自己都合という申告で良いことになっていますので、選手としては堂々と帰郷できるのです。
B2級選手の「49走止め」
一方、B2級選手にはさらに厳しい現実があります。それが「4期通算」です。
4期通算勝率3.80未満となれば、あっせん削除――つまり事実上の引退勧告につながります。
しかし、この制度にはひとつの例外があります。
という規定です。
つまり49走で止めれば、即座の引退を回避できる可能性が残るのです。これが俗に言う「49走止め」です。
クビ寸前の選手が最後に選ぶ延命策とも言える手段であり、当然ながら49走目で帰郷します。
ただ、この「4期通算」というルールは厳密に適用されている訳ではありません。
ボートレース界には、全国で24競艇場という多数の場があるため、一定数の選手数は維持しなければならないことから、「1630人枠」という考え方があります。
これは新人を除いた選手数との兼ね合いで運用され、また引退する選手もいるため、制度には一定の柔軟性も存在します。
それでも、「49走止め」で帰郷する選手の心境を思うと、単なる自己都合とは言い切れない複雑さがあります。
即日帰郷・即刻帰郷は開催場側から

ここまでは選手側の事情による帰郷を見てきました。
しかし、あっせん契約では開催場側から選手に帰郷を命じることも認められています。つまりペナルティとしての帰郷です。
これには大きく分けて即日帰郷と即刻帰郷の2種類があります。
まず即日帰郷ですが、これは「その日のレース終了後に帰れ」という処分です。
例えば2回走りの1走目で即日帰郷を言い渡された場合でも、2走目には出場できます。
一方、より重いのが即刻帰郷で、こちらは文字通り「今すぐ帰れ」という処分。
2回走りの1走目で処分されれば、2走目は欠場となります。
当然ながら即刻帰郷の方が重いわけですが、両者とも後日、競走会の褒賞懲戒審議会で処分が決定されます。
処分内容は、
- 一定期間のあっせん停止
- SG出場権剥奪
など重大なものです。
では、どんな違反がこうした処分につながるのでしょうか。
周回誤認
代表例が周回誤認です。
まだ1周残っているのにゴールしたと勘違いしてしまうケースで、気を抜いた結果、後続艇に抜かれることもあります。
観客から見れば、「本当に勘違いなのか?」「八百長ではないのか?」という疑念を生みかねません。
開催側が最も恐れる「騒擾惹起」につながるため、周回誤認は即刻帰郷級の重大違反です。
処分は3か月~1年の出場停止。
実際に近年も処分例があります(藤原菜希選手・高瞳四季選手)。
前検関連の違反
案外多いと言われるのが前検日関係です。
例えば、
- 酒類持ち込み
- 登録票不携帯
- 前検遅参
- 前検不参
など。
特に前検遅刻は重く、締切後は入場すら認められません。
2025年のSGチャレンジカップでは、福岡市内のソフトバンクホークスの優勝パレードによる渋滞に巻き込まれた西山貴弘選手・池田浩二選手が、タクシーを降りて競艇場まで走り、ギリギリ間に合ったという話もありました。
もし遅れていれば即刻帰郷、さらに出場停止処分もあり得たのです。
コロナ給付金問題と不正受給
コロナ禍では、競艇界全体を揺るがす問題も起きました。
選手は社会的には個人事業主です。そのため政府の持続化給付金制度を「申請できるのでは」と考えた選手もいました。
しかし競走会は、
- 開催数は減っていない
- 業界売上も維持されている
- 収入減少は限定的
として申請を禁止していました。
ところが調査の結果、215名もの選手が申請していたことが判明し、開催中の選手は即日帰郷。さらに全員が2か月出場停止となりました。
中でも大きな注目を集めたのが井口佳典選手でした。トップ選手であり知名度も高かったため、世間からの批判が集中したのです。
「なぜ高収入選手まで申請したのか」という声も多く、競艇界全体のイメージ問題へ発展しました。
SNS投稿が招いた処分
現代ならではの問題がSNSです。
これまで処分例として知られるのが磯村匠選手のケースです。
レースで接触した選手からの抗議についてSNSへ投稿したところ、ファンの反応は本人の想定と逆方向へ進みました。さらに元選手解説者の見解もあり、投稿は大きな議論に発展。
結果としてSNS投稿自体が問題視され、3か月出場停止となりました。
「不適切な関係」と峰竜太選手
これは峰竜太選手だけが受けた処分ですが、きっかけは、本人が熱中していたゲーム大会でした。
大会協賛を申し出た人物が、実は競艇予想業関係者だったのです。
事情を知らず協賛を受けたことに加え、SNSで宣伝まで行ったため問題化。
最終的に4か月出場停止、級別もB2陥落となり大きな話題となりました。
公営競技選手に求められる「厳正・中立・公平」の難しさを象徴する事例と言えるでしょう。
私生活も処分対象になる
競艇界では、私生活上の問題も処分対象になります。
例えば、
- 不倫
- 闇金融からの借金
などです。
一般社会では必ずしも競技資格と直結しない話かもしれません。
しかし公営競技では「社会的モラル」が重視されます。
過去には不倫による長期出場停止や、闇金利用による24か月停止処分もありました。
その是非は議論があるにせよ、ボートレース界が極めて高い倫理性を求めていることは間違いありません。
舟券購入と八百長
当然ながら、競艇選手は舟券購入禁止です。過去には購入が発覚し、引退に追い込まれたケースもあります。
さらに重大なのが八百長・八百長疑惑。開催側が最も恐れる問題であり、関与した選手は事実上、競艇界を去っています。
それほどまでに、公営競技では「公平性」が絶対条件なのです。
末永和也選手の即刻帰郷
最近話題となったのが、末永和也選手の即刻帰郷です。
理由は、「他選手の整備へ直接協力した」という内部規定違反でした。
選手同士の助言やアドバイスは日常的にありますが、実際に他選手のモーターへ手を加えることは禁止されています。
末永選手の場合も、おそらく悪意ではなく親切心からだった可能性が高いですが、ルールはルールです。
まだ正式処分は出ていませんが、今後のキャリアに大きく影響する可能性があります。
師匠である峰竜太選手にも同様の前例があり、ボートレース界の規定がいかに厳格かを改めて感じさせる事案でした。


