
この記事では、競艇界のトップレーサーの1人である石野貴之(いしの・たかゆき)選手について取り上げます。

この記事では、競艇界のサラブレッドであり、ゴールデンレーサーの一人でもある石野選手について、じっくり紹介していきます!
*本記事は2025年8月現在の情報に基づきます。
石野貴之選手について

石野選手は1982年生まれ。出身は大阪府東大阪市であり、大阪支部に所属しています。
賞金王決定戦(グランプリ)はじめ、すでにSGを11回も制覇している、押しも押されぬトップレーサーです!
- オーシャンカップ:2010年・2015年・2016年
- ボートレースクラシック:2016年・2021年
- ボートレースオールスター:2017年・2023年
- グランドチャンピオン:2017年
- チャレンジカップ:2016年・2019年
- グランプリ:2019年・2023年
特にオーシャンカップは、SG初優勝を飾ったあと、なんと3度も優勝(同一のSGを初優勝→3冠達成は史上2人目)。
2022年には、競艇の表彰制度の1つであるゴールデンレーサー賞を取得しています。
2023年には、オールスター・グランプリとSGを二度優勝。賞金獲得額1位となり、最優秀選手(MVP)に選ばれました!
親子鷹レーサーの石野選手
石野選手は、近畿大学付属高等学校では硬式野球部に所属して、主将を務めていました。
高校3年生の時、大学進学(+野球を続ける)か、競艇選手に挑戦するかを悩み、夏の高校野球大阪大会での敗退を機に、進路を父親に相談したそうです。
美好さんは競艇の世界の厳しさを身をもって知っており、初めは大学進学を勧めたとか・・・
しかし、幼い頃から父の背中をみて育ち、競艇選手への憧れを持っていると訴える息子に、ついには根負けしたようです。
やまと競艇学校に入学し、競艇選手へのスタートを切った石野選手。練生時代のリーグ戦勝率は6.63(2位)と、父譲りの素質を垣間見せました。
登録期は90期で、登録番号は4168。
2002年5月、地元・住之江競艇場の「第39回スポニチ杯争奪なにわ賞レース」でデビュー。わずか1か月後には初勝利を記録しました。
翌年、2003年10月の宮島競艇場の「G3新鋭リーグ第19戦」で初優勝を飾ると、2004年初にはG1初勝利。
2005年にはSG初出場、2007年にはG1・新鋭王座決定戦で初優勝。6コースからのまくり差しを見事に決めての勝利が話題になりました。
そして、2010年のオーシャンカップでSG初優勝。瞬く間に「浪速の新エース」としての地位を築き上げます。
2020年には24場制覇を達成していますが、38歳での達成は史上最年少。デビューから18年4カ月での達成は史上最速でした。
そんな石野選手の師匠は、同じ大阪支部の原田智和選手。ベテランになった今は、浜本裕己選手などの伸び盛りの弟子がいることでも知られています!
ニックネームは「石野信用組合」!?
2010年、石野選手は、「十三スポーツ」というブログに自身のニックネーム考案を依頼しました(その時のブログ記事がこちら)。
このブログは、これまで3回、ボートレーサーにニックネームを付けた実績があるようです(長嶋万記→茶っきり娘、松田祐季→北陸のジャックナイフ、岡村仁→浪花のショットガン)。
そして、162通の応募の中から石野選手が選んだのは・・・
なんと「石野信用金庫」!(その時のブログ記事がこちら)。
「大阪らしく面白く親しみやすいものにしました」と石野選手。
命名者の「ファンに信用される選手になってほしい」「安心して舟券を買える選手になってほしい」との思いに応えたい、とコメントしていました。
石野選手のレーススタイル

石野選手はオールラウンダーであり、無比の旋回技術を生かした高速ターンの名手。
得意な決まり手は「まくり」であり、3コースからの1着率が高いことが特徴です。
野球で鍛えたのか、実力派レーサーだった父譲りなのかは分かりませんが、レースのグレードが上がるほど仕掛けていくというメンタルの強さも光ります。

さらに、モーターの引きも強く、ここぞと言う時にエース級モーターを引き当てます。モーター整備力も抜群なので、まさに鬼に金棒!!
平均スタートタイミング(ST)は0.16であり、安定したスタートで事故が少ないと言われています。
3連対率は総合で63.8%ですが、1コースが86.3%、次いで3コースが65.6%。弱いといわれていた2コースも盛り返しており、どこからでも狙える選手になったとの声も聴かれます。
ホームは住之江競艇場ですが、淡水で水質が硬く、回りシロの広さなどからイン有利で知られている水面です。武器の高速ターンは、こういった住之江の特徴から生まれたのかもしれませんね。

石野選手の近況
そんな石野選手の過去5年間の状況を見ていきましょう。
スランプからの脱却
石野選手は、2020年~2021年は不調が続いていました。
2020年は、5月のオールスターでフライング。さらに、10月のダービーでもフライングを起こし、グランプリ出場を逃してしまいます。
B級降格も懸念されましたが、2021年に入ると、3月のクラシックで優勝。ここでは、上で書いた通りモーターの引きの強さに救われたと言います。
しかし、4月のダイヤモンドカップで途中帰郷、再び降格のピンチに。ここは一般戦で5連勝し降格を乗り切るも、5月のオールスターで今度は妨害失格。
その後、G1レースの3期連続欠場(欠場理由は不明)などもありましたが、欠場前に出走数・勝率とも基準はクリアしており、事なきを得ました。
2023年にMVPを獲得!
2022年以降は順調に成績を伸ばしていた石野選手。
2023年は絶好調で、チャレンジカップ終了時点で賞金ランキング4位。
迎えたグランプリでは、プロ野球で日本一になった阪神タイガース・岡田監督にあやかり、開会式で“優勝”を“アレ”と呼んで優勝宣言します。
トライアル2ndで2度の勝利を収め、グランプリ優勝戦の1号艇・ポールポジションをゲット。そして優勝戦で見事なイン逃げを決め、宣言通り、自身2度目のグランプリ制覇を達成しました!
2023年は、MVP(2回目)のほか、最多賞金獲得選手(2回目)・記者投票によって選出される記者大賞(2回目)も受賞して、見事3冠を達成しました!
左ひざの手術~現在
2023年は華々しい活躍を見せた石野選手でしたが、2024年は、10月のダービーを途中帰郷、長期欠場に入ってしまいました(2024年の賞金ランキングは51位)。
実は、2024年の春頃から持病である膝痛の悪化に悩んでおり、ついに手術を決断。右膝は過去3回手術しており、右膝をかばっていたためか、左膝も悪くなってしまったそうです。
左膝の手術は無事に成功し、リハビリ中と伝えられていました。
そして、2025年2月、地元・住之江の一般戦で電撃復帰。
ただ、本来は3月末に復帰する予定だったそうで、かなり時期を早めたようです。その理由としては、出走回数(90走)不足で級別がA1から落ちないようにするためとのこと・・・
級別が落ちると、グランプリが遠ざかってしまい、年齢的にも勝負するのが厳しくなってしまうとの判断だったようです。
その後、2025年5月には一般戦とG3で立て続けに優勝。6月のグランドチャンピオンでは準優戦まで進出しました。膝の調子は万全ではないようですが、ファンに復活を印象づけています。

早期復帰は、膝の故障の再発リスクをにらみつつ、悔いを残さないよう、家族とも話し合って決めたそうです。膝さえ万全なら第一線を張る石野選手、はやく完全復活してほしいですね・・・
石野選手のプライベート

女性人気も高い石野選手ですが、2007年に一般女性と結婚されています。
お子さんは息子さん2人で、現在は4人家族だそうです。「家族がいないと、今頃レーサーは辞めていたかもしれない」とコメントしていました。
趣味は釣り・オンラインゲーム・SNS投稿(インスタのアカウントあり)。愛車はベンツだということです。

