競艇はモーターボートで順位を競うレースのため、モーターには水を掻くためのプロペラが備え付けられています。
このプロペラを略してペラと呼び、このペラの性能次第ではボートの性能を大きく引き出すことが可能でした。
しかしこれは昔の話で、今現在のルールではペラの調整に制限が設けられています。
そこで今回は、このプロペラ制度について説明していきます。
プロペラ制度とは?
プロペラ制度のはじまりは1988年の5月。
プロペラは選手個人が所有するモノをレースで使用できる、「持ちペラ制」が導入されました。
この頃は選手個人で購入したプロペラを削ったり叩いたりを繰り返し、いかにボートの性能を上げるかを研究していた時代です。
中にはプロペラ自体の加工を専門的な業者に任せる、といった選手もいたそうですよ。
そして、プロペラは1節に5枚まで会場に持ち込む事ができ、選手は5枚の中からそのレースで使うモーターとの相性を調整していくといったものでした。
しかし、2012年4月にこれまでの持ちペラ制度が廃止となり、プロペラは競艇場からモーターと合わせて貸し出される形へと変化。
これによってプロペラの調整自体がレース開催期間内のみとなり、モーターの抽選後から最終日のレースまでと、その期間も短くなりました。
持ちペラ制度が廃止された理由
持ちペラ制度が廃止された理由として、日本モーターボート競走会からこのような発表がされています。
「選手の持ちペラ制度は、選手のプロペラ修整技術向上により迫力あるレースの具現化に寄与した反面、モーターと選手の持ちペラがどのようにマッチングするかが複雑で推理が難しい」
要するに、持ちペラによる性能の変化が高く、モーターの勝率などといった数値が予想の際にアテにならないことが原因ということでしょう。
モーターとプロペラをセットで支給することにより、そういった数値の信頼性を正すことにあったのではないでしょうか。
選手たちにも変化が
これまでのプロペラ制度が廃止されたため、プロペラ自体の性能差で選手の優劣の差が出づらくなりました。
結果として、プロペラよりもモーターの整備力にウェイトが置かれるようになり、ボートの操縦術の向上が求められるようになったんです。
ちなみに、モーターとプロペラの整備力が一人前のレベルに達するまでに4年はかかる、と言われているほど整備の奥が深いらしいですよ。
プロペラの調整方法
持ちペラ制度の廃止前後で大きく変わるのが、プロペラの調整方法。
プロペラ自体にできることも大きく変化したため、ある意味では平等になったとも言えます。
それでは、制度廃止前後での調整方法を見てみましょう。
持ちペラ制度時代
持ちペラ制度時代は選手によって様々な研究・調整方法があり、資金力などで大きな差がついていました。
資金力がある選手は専門的な業者に依頼してプロペラを制作したり、自前の整備場を持つほど!。
その逆に、資金力がない選手は業者に制作を頼むことはおろか、プロペラを叩く場所にさえ困るほど差が大きかったのです。
また、プロペラの羽根を叩いて伸ばすなどして面積を広げたり、逆に削ったりしてその形状を変える事ができました。
ちなみに、プロペラ自体の価格は1枚2万円前後し、当時の選手たちはこのプロペラ代の負担がキツかったようです。
持ちペラ制廃止後
自前のプロペラが使えないため、専門業者など外注でプロペラを作ることが出来なくなりました。
これにより、資金力による選手間の力の差がなくなった、と言えます。
また、貸し出されているプロペラのため、大幅に形状を変えることができません。
プロペラに対する調整は、ハンマーで叩きかえられる範囲でしかできなくなりました。
選手たちは何度もプロペラを叩いては実走を繰り返し、その手応えを確認して調整していきます。
練習走行にも時間という限りがあるため、レース本番でも確認をしながら1節の間に仕上げていく地道な作業です。
それと、先ほどプロペラの形状を大幅に変えることができないと書きましたが、調整に使われる道具も金属製のハンマーが禁止され木製のみと制限されました。
持ちペラ制度の廃止に伴い精度の高い調整が難しくなったため、苦戦する選手が多いそうです。
その他の難しさとして、モーターとペラは前節に使用した選手の調整が引き継がれるため、真っ新なプロペラを叩くのとは違うという部分が挙げられます。
ペラグループについて
プロペラは加工や研究、場所の確保などに莫大な時間と費用がかかるもの。
持ちペラ制度時代はこのプロペラの良さが強さと言っていいほどの影響力があり、無視できるものではありませんでした。
しかし、これをすべて選手個人で負担するのは難しい、という問題があったんです。
また、プロペラを加工する技術も選手によって上手い下手があり、ひとりでやるより集まって行った方が効率が良いという事になります。
そこで生まれたのが「ペラグループ」。
選手たちは仲のいい者同士で集まり、共同でプロペラの研究をするようになったんです。
ペラグループ内では、調整の巧い選手が加工を担当し操縦術が巧い選手が試走するなど、役割分担をして作業を行っていました。
実際、あるペラグループが良いペラの制作に成功すると、そのグループの選手全体の成績が良くなる事が多かったそうです。
こうした良ペラはペラゲージと呼ばれるもので形状を写して保存され、ペラグループの資産とされていました。
ちなみに、グループに属することなく一人で研究する選手もいたとか。
持ちペラ制度の廃止の影響
モーターとプロペラがセットとなった今、プロペラの調整は開催期間内のみとなってしまいました。
この間、選手は会場から出られないため、会場内で限られた加工しか出来ません。
こういった状況から、ペラグループを作ってプロペラの研究をする機会もなくなってしまいました。
選手同士の繋がりとしては今でも残ってはいるのでしょうが、持ちペラ制度の廃止とともに一人で研究・調整をする選手が増えているようです。
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